湯崎温泉 昭和9(1934)年頃。明治時代の写真では金徳寺がこの位置から見えましたが、見えなくなっています。この写真、あちらこちらで年代がちぐはぐでしたのでかなり気をつけました。写真左の建物、淡路屋別館 。写真下海の部分はカットした。

  説明

  まず、この写真でポート漕いでいる人は女性と思っていた、最大拡大で見ると男性がこちら向いて「ニッコリ」と笑っています。ガッカリやら苦笑いやら、コンピュータの前で「しまった」と独り言。

 この写真の撮影年は、昭和7年夏から昭和9年夏まで。

  昭和8年夏と強く思っていますが,湯崎館の看板が白浜駅開業による大阪〜白浜口駅までの案内看板であるため,昭和9年に掲載します。

  山の神の一部を最大拡大すると湯崎トンネル工事中のように見える部分がありますが、確定することは出来ません。または道路工事でもとも考えられます。

  公表はされている資料には昭和9年12月末着工とあります。

 昭和9年9月21日室戸台風直前の湯崎海岸風景。

 余談ですが、

 本町入口附近は旅館を除いてほとんどが藁屋根で、

  昭和9(1934)年頃、湯崎本町入口附近。右から淡路屋別館、少し湯崎館の石垣が、この石垣に昭和8年12月20日白浜口駅の案内看板があるのです。素晴らしい疝気湯があります。是非ゆっくり見て下さい。少しだけ淡路屋が見え、土佐屋、川口屋別館、酒井屋に入る道があります。ここから判断が難しいので解説しません。旅館を除いて瓦葺屋根です。

北の浜には,多数の船があり壮観です。

 昭和9(1934)年頃、湯崎北の浜附近。右から浜の湯、有田屋、川口屋別館、ここの看板が不明で私の聞いている話では元恵比寿神社、藤代屋、田辺屋、郵便局、作業小屋かな、駐在所。

 この駐在所どうしたことか、すっかり窓がなくなっています。夏なので開けているのでしょうか。

  この附近、何か工事中のように見えます。

 昭和10年前後の湯崎海岸がよく撮影されています。

 またもや、余談。

  当時このパレードに参加した湯崎の老人は,「湯崎トンネルが完成する前に、湯崎の青年会で東京音頭を替歌にして、歌や踊りの練習を何日もして、開通記念式は、旗行列やパレードなど、その一日は大変な喜びの日であった」と言う。

  東京音頭の替歌は忘れていたが、山神社の略図や当時のトンネルが開通した当時の湯崎の話を聞くことができました。

 また、元明光バス勤務の老人の話では,「当時一番記憶に残っているパレード」との話であった。