三越峠への道

三越峠から岩神方面を望む

道の川部落の廃屋

 三越峠休憩所     Photo/2005-04-13

 熊野古道入口と書かれた木枠と熊野道と刻まれた石塔     Photo/2005-04-13

  三越峠
 ここは昔の口熊野と奥熊野の境で、西牟婁郡と東牟婁郡の郡界になっている。 中世にはこの峠付近に関所が構えられ、熊野参詣の往来を改め、関銭を徴収したといわれる。江戸時代は茶店が設けられ、旅人はここで疲れを休めた。
  御幸道は谷を下り、音無川の川伝いに猪ノ鼻王子に向かっている。峠には、右に分れる「赤木越」という尾根道があり、これは湯峰に出る近道であった。この道を六キロはど行けば 湯峰に出られるが、道が悪く途中一滴の水も得られない仙人の仕事道であった。しかし江戸時代この道を利用した熊野詣の人々や巡礼が多かった。
  安政六年本宮大社に赴いた幕末の国学者熊代繁里は、帰路湯峰からこの道をとり、駕龍で三越峠へ出ているが、ところどころ駕籠から下りて木の根につかまり、よじのぼりながら本道に出たことを記している。