3、観光資本の独占化

 白良浜土地建物株式会社が経営者を同じくする紀勢自動車株式会社と合併して、大正12年白浜温泉自動車株式会社となったことは前に述べた。この社名はおのずから観光開発と交通開発との有機的な関係を物語っている。当時はまだ紀勢西線も開通以前で白浜の開発が進められても、旅客は大阪商船の紀勢航路を主として利用しなければならなかった。白浜温泉自動車株式会社は和歌山以南のバス運行を始めたが、大正13年以来紀勢西線の工事が次第に南下するにつれ、旅客も増加を示してきた。

 昭和5年バス営業は再び分離して、やはり経営者を同じくする「明光バス株式会社」に統一されると、温泉配給だけになった白浜温泉土地株式会社に代って、明光バス株式会社が白浜開発の主導権をにぎることになった。それは道路改修その他の積極的な開発を進めると共に、田辺・白浜間の連絡船やタクシー会社を合併して、白浜を中心とする交通機関を独占し、旅客の大量輸送よって旅館その他の観光事業を活発化せしめる動機を作っていったからである。

 とくに昭和11年白浜の千畳敷から大浦までの会社専用道路を開設してから、明光バス株式会社の白浜における交通営業の占有は確立した。

 この専用道路は、三段壁や千畳敷の景勝地を連ね、また半島を一望に収めることのできる平草原の展望地を通るものであり、またこれを通らなければ白浜の巡回遊覧はできないものであるから、この道路の占有だけでも、明光バス株式会社は他の業者の競争する余地のない優位に立つことになった。

 この専用道路は、 当時まだ瀬戸鉛山村であった村有地を会社が借り受け、工費26,700円余で開設し、た3.9kmのバス道路である。昭和10年10月に村と会社との間で取交した契約書によると、道路敷は30年間の無償貸与で、道路は会社の専用とするが、そのかわり道路築造費は会社が負担し、貸与期間末には築造費を償却し、無償で村に返還することとなっている。村は会社に道路を作らせ、その経費償却のため30年間の専用を認めるという村と会社の互恵の契約である。

 昭和10年頃の会社の収益は年約1.7万円であり、第2次大戦後の昭和26年頃になると年間収益200万円となっているから、道路築造費の年1,000円の償却は会社にとって有利なものである。

 第2次大戦後この専用道路に対して他の業者の攻勢が始まった。

 昭和26年には竜神バス株式会社の強行乗入が起った。これは地元白浜の旅館業者の明光バスに対する対立感情から誘発されたものであったが、竜神バスが損害賠償金を出して示談となった。

 しかし昭和29年には、南海電鉄が中心となり、和歌山県のバス業者を集めて「白浜急行バス株式会社」を設立し、明光バス株式会社も出資することになったが、これは白浜への初めての大手交通資本の進出であり、地元業者を参加させて明光バスの専用権に合法的に立ち入ろうとしたものである。また昭和30年には大阪資本を主とした「白浜開発株式会社」が設立され、明光バスにも出資を促してきた。

 この会社は翌31年明光バス専用道路の通る平草原に町有地を借りて16万坪のゴルフ場を開設した。

 丁度この頃、白浜町では昭和32年に着工した平草原ロープウェーの建設を計画していた時で、このロープウェーもゴルフ場も共に明光バス専用道路の共用を予定したものである。したがってこの頃から町は明光バス株式会社に対し専用道路の開放を求めて話合いに入っている。

 明光バス株式会社の町有地借用期限は昭和40年までであるが、契約では期限内でも道路築造費の未償却額を補償すれば町の返還要求に応じなければならないことになっている。

 しかし道路敷は全部が町有地ではなく、町有地は全道路敷の3分の2にすぎないから、町有地を返還しても道路全部が町有になるものではなく、会社の道路専有は解消しない。他の交通業者の進出を前にして専用権の放棄は明光バスとしても容易に応じ難いところで、町の開放要求との妥協点は見出されないまま法廷に持ち込まれ、いまだに解決していない

 この間南海電鉄は「白浜観光株式会社」を設立し、明光バス専用道路に沿ってホテルを建て、町営のロープウェーを買収してこれを経営することになった。この圧力に対し、道路専用権に危険を感じた明光バス株式会社は、近畿日本鉄道の資本を迎え、その系列に入って南海に対抗することになった。

 こうして白浜も大手観光資本の競合の渦中に巻きこまれた。

 白浜温泉の観光開発は外部資本の導入によって始められたものであるが、その開発過程で地元の利権は占有され、その開発資本の進出との対立を生み、さらにこれが大手観光資本の進出と競合を促すことになった。観光開発が民間資本の誘致によって、観光資源の営利的な商品化を進める場合は、やがて地域社会そのものが資本の競合と独占化の渦中に押し流されていくことが、白浜温泉の開発過程からみることができる。